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ハンバーグの歴史

ハンバーグと日本の関係2

ハンバーグと日本の関係2

縄文時代や弥生時代にはごく普通に食べられていたハンバーグ。
しかし、古墳時代を経て奈良、平安時代に突入すると、肉を食べたという記録が、急速に少なくなってしまいます。
それは何故だ?という疑問を調べていくと、答えとして浮かび上がってくるのは、仏教思想の存在です。
710年の奈良時代に入ると、日本と中国との交流は以前にも増して活発になり、食文化的にも中国の仏教思想の影響が強くなっていきます。
つまり、生き物を殺してはいけないという「殺生戒」の教えからくる「殺生禁断」の思想が、食文化に影響を及ぼし始めたのです。
「殺生禁断」とは、仏教の慈悲の精神から来る教えであり、厳密に言うと全ての鳥獣の狩猟や殺生を固く禁じる戒めですが、日本では足が4本ある動物のみを殺生禁止の対象にしたらしく、魚類や鳥類は禁止食品の中に入っていません。万葉集に収められた歌からも、鯛を食べていた事が推察できます。
例を上げるなら、万葉集16巻3829番の「ひしおすに ひるつきかてて 鯛願う 吾にな見せそ なぎあつもの」という歌などがあります。
これを現代語に訳すと、
「私は酢味噌にニンニクを混ぜたつけ汁に、鯛のお刺身をつけて食べたいと思っている所だ。そんな私に、暑苦しい味噌汁のようなものを見せないでよね」
という感じ。
このように余り厳密とは言えない仏教の戒めですが、獣肉を食べない食習慣は日本全土に広まっていきます。
まず、貴族社会に広まり、ついで庶民の間にもその獣肉禁止の習慣は広まっていきました。そして仏教文化が日本に根づいたように、獣肉禁止の思想も日本の社会に根付いてしまったようです。
なんと、肉食が解禁されたのは、1868年の明治維新以降の話し。実に1100年以上もの間、日本人は獣肉を食べなかった事になるのです。
しかし、牡丹鍋という料理の歴史は、室町時代だったはず‥‥
牡丹鍋とは、猪の肉を使ったお料理ですが、猪はれっきとした4本足の獣なのです。
実は、室町時代の頃から、鹿の肉は「紅葉」、猪は「牡丹」叉は「山鯨」、馬肉は「桜」などと呼び方を変え、一部の人たちは禁忌のはずの獣肉を食べていた事がわかりました。
しかし、表向きは獣肉が禁止だったという事実は変わりません。ちょっと仏教が恨めしくなりますが、この獣肉禁止の思想によりお惣菜文化が発達した事を思えば、一概に最悪だとも言えないですよね。